スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

おばあちゃんの家

おばあちゃん、という言葉には特別な響きがある。
私はおばあちゃん子だったから。
おばあちゃんは、明治の女らしく、気骨のある人だった。
苦労して、凛と生きた、と思う。
だから、この映画が気になっていて、やっとDVDを借りてきた。
きっと映画館へ行ったらだだ泣きするだろうと思っていたから。


韓国にまだこんなところがあるのか?というような田舎に、ソウルから男の子がやってくる。
可愛くない孫である。
都会っ子でわがままで。
母と子だけで、母親は仕事が忙しいのだろう、おもちゃだけをたくさんあてがわれてほっとかれたようなふしがある。
その母が男にだまされ、職も失ったので、次の仕事を見つけるまで預かって欲しい、とその子を連れてきたのだ。
おばあちゃんは、耳は聞こえるが口はきけない。
極貧らしく、傾きかかった扉もないような家で一人暮らしている。
電灯はかろうじてついているが、水道はないような生活だ。
すっかり腰が曲がっているのに、水くみから何からすべて一人でしている。
転がり込んできた孫は、寂しさからか、田舎の暮らしになれないからか、わがままの言い放題。
おばあちゃんの靴を隠したり、かんざしを持ち出したり、まあ憎ったらしいのである。
でも、おばあちゃんはそんな孫を決して叱ろうとしない。
孫の望みを叶えてやろうと精一杯のことをしてくれるのだが、何たって、「ケンタッキーフライドチキンを食べたい」なんて願いは叶えてあげられない。
意味は分からないながら、身振り手振りで鶏だと言うことだけはわかったおばあちゃんは、苦労して鶏を手に入れ、丸ごと1羽料理して孫の前に差し出すのだ。
きっとおばあちゃんにとっては十年、イヤ半生に一度のご馳走に違いない。
もちろん孫は感謝しない。
「ケンタッキーって言ったじゃないか」と罰当たりなことを言って泣くのである。
それでもおばあちゃんはイヤな顔をせず、孫の願いを何とか聞いてやろうとする。
そんなおばあちゃんの優しさ、愛情を、さすがの孫も理解していく。
けれど、その時にはもう二人に別れが迫っていた・・

やばかった。
予想通り、映画館で見てたらダダ泣きだった。
今思い出すだけでも、なんかじーんとするくらいだから。

懸命に生きている人は尊い。
すごくシンプルなことを改めて実感させてくれる。
孫に靴を隠されたら裸足で歩くしかない、
かんざしを持ち出されたら、スプーンを髪に挿すしかない、
そんな貧しい暮らしの中で、おばあちゃんは、近所の年寄りに気を配り、時たま会うだけの老女にも優しい気遣いを見せる。
孫のわがままに怒らず、すべてを愛情でくるみこむ。
そんなおばあちゃんの前では、お金やものはとても薄っぺらに見える。
おばあちゃんの人生は尊く、おばあちゃんは貴い人だ。
もうそんなおばあちゃんはいなくなってしまったんだろうなあ、と改めて思う。
そんなおばあちゃんが生きていた時代が、一番豊かな時代なのだと。

韓国映画、やっぱり、パワーがある。脱帽。

スポンサーサイト

テーマ : 韓国映画
ジャンル : 映画

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

dancingwolf

Author:dancingwolf
FC2ブログへようこそ!
ブラジリアンダンスとブラジル音楽、本と旅をこよなく愛する「恥かき」ならぬ「物かき」です(一応(^^;))。独断と偏見と偏った嗜好でつづるブログでございますが、どうぞお気軽に遊びに来てくださいませ。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。